何もない所から7

サークルの見学会は賑やかだったが、みんな新入生の女の子を目当ての様で僕らには誰も話しかけてくれなかった。
もう帰ろうかと思った頃、1人の先輩が僕に話しかけて来た。

「お前ラップでテレビ出たんだって?俺もお前と同じくラッパーだから今度家に遊びに来いよ!」

【俺もお前と同じくラッパーだから】という何気ないひとことが僕の事をラッパーだと認識して話しかけてくれたのだと嬉しくなった。
その先輩はイッキという名前のラッパーだった。
この一言がなければきっと今の僕はいなかったと思う。

後日、クラスメイトのラップ好きの友達と一緒にイッキさんのアパートに遊びに行った。

部屋の中は散らかっていた。


「機材とか無いんですか?」

イッキさん
「お前には見えないのか?」

 

そう言うとおもむろに押し入れを開けた。
そこにはターンテーブルやミキサー、サンプラーにマイクがあった。

ドヤ顔のイッキさんに何か言いたかったけれど目の前に広がる楽器店でしか見たことのなかった機材に胸が躍った。
機材の使い方やマイクの持ち方を夜遅くまで教えてもらった。

深夜0時を過ぎた頃にイッキさんがフリースタイルを披露してくれた。
感動した。
大盛り上がりの僕らに気を良くしたのかイッキさんのフリースタイルはどんどんヒートアップしていった。

すると、部屋のチャイムが鳴った。

 

イッキさんのフリースタイルはピタリと止まり、僕らにこう言った。

「オーディエンスが来たみたいだ。お前らはそこを動くな。」


そう言い残し、玄関へ行き、隣人に殴られて戻って来た。

理由は深夜にヒートアップしたフリースタイルを隣人の部屋の方向を向いて行ったからだ。

 

「ラップをするってこういう事だ」

涙目でこぼれたこの一言をパンチラインと呼ぶという事も教えてもらった。

翌日も僕らはイッキさんのアパートに遊びに行った。

イッキさん
「ところでお前らはMCネームあんの?」

僕ら
「ないであります」

イッキさん
「どっち?」

僕ら
「ないです」

イッキさん
「ちなみに、俺のMCネームの由来は【一気飲み】だ。今日はお前らにMCネームを付けてあげよう。」

 


つづく