何もない所から5

一夜にして何かが変わった。

テレビ放送直後からケータイ電話にたくさんの連絡が入り、同じアパートの面識ない先輩が部屋を訪ねて来たり、大学構内で声をかけられたり、とにかく今まで味わった事のない経験だった。

それは特別なものだった。

たった1日で見えていた世界が変わった。

まだMC名などもなくラッパーと呼ぶには相応しくない駆け出しだったが何だか誇らしかった。

 

近所のファミマに行けば店員さんが応援してくれて、行きつけの総菜屋さんに行けば店主が鳥のから揚げをおまけしてくれた。

みんな僕がテレビに出た事を喜んでいる様に見えた。
何者かになれた様な気になっていた。

 

何度も何度も録画したビデオテープを見返した。
友達に収録時の話を何度も何度も自慢げに話した。

とにかく相当浮かれていたと思う。

 

そんなある日、DJの先輩達に学食に呼び出された。

先輩達はオーロラソースのかかったシャケフライを頬張りながら
「よぉ、人気ラッパー」
と、皮肉まじりに言った。

そして、そこから怒涛のお叱りを受けた。

「現場で一度もライブした事ないお前がふざけるな
恥さらしのセルアウトが
テレビに出て浮かれてるのはクソダサイ
ここで俺達が納得する様なフリースタイルしてみろよ
フリースタイルも出来ないならラッパーを名乗るな」


一気に血の気が引いていくのがわかった。
僕は怒られるのが嫌いだから、出来るだけ怒られないように日々を過ごしている。

なのに、めちゃくちゃ怒られた。

 

何かを言おうとしたけれど、その言葉は声にはならなかった。
結果、僕はずっとうつむいていた。

これがいまだに僕の中に残っているフリースタイルトラウマである。

一番認めて欲しかった地元の先輩達にダサいと言われ、一気に浮いた足が地についた。
一喜一憂というか、一喜三憂という四字熟語を思い付いている場合じゃなかった。

 


つづく