何もない所から38

季節が秋になる頃に。

BOM君が仕事を二日連続で休んだ。

僕はDSさんに呼ばれ社宅のBOM君の部屋へ行った。

BOM君は『もう福島へ帰りたい』と言っていた。

 

僕はとっさに仙台で退職カウンセリングをしていた経験からマニュアル通りの引き止め方をしてしまった。

 

DSさんが語気を強めて言った。

「狐火は変わったな。BOMはそういう事を言ってるんじゃないよ。お前が皆を誘ったんだろ?お前が言い出しっぺだよ。でも、もう無理だって言ってんじゃん。東京に来た俺達にも勿論責任はあるよ。でも、それを踏まえてももう無理だって言ってんだから、そんな気持ちのこもってない言葉を並べるなよ。」

 

急な話だった。

急な話だけれど何となくそう遠くない内にこんな日が来る気はしていた。

でも、見ないようにしていた。

 

始めは皆で一緒に働く事を楽しみにしていたが、仕事もプライベートもずっと一緒にいた時に自分は自分を見失っていったのかもしれない。

お互い仕事中も些細な事でイライラしたり、ギクシャクしたり、昔は笑って済んだ事も笑顔で終わらなくなっていた。

 

僕はDSさんの言葉にしばらく沈黙したが、一言『すみませんでした。』と言った。

その言葉が合っているかは分からないけれど、それでも精一杯の色々な気持ちを込めた『すみませんでした。』だった。

 

BOM君

「謝らないでください。東京に来れて良かったです。」

 

DSさん

「もうここまでか。」

 

見た事のないくらい僕が落ち込んでいたからかDSさんの語気が少し優しくなったのを感じた。

 

DSさん

「BBPが眩し過ぎたのかな。正直、BBPを観た時に同業者というよりは自分は観客だと思った。ラップが好きな一人のヘッズのままなんだよ。憧れてるだけの。月曜日に会社でお前らと顔合わせた時に急に目が覚めた気がしたわ。福島にいた時は正直DMCなら東京で通用すると思ったけど、流石に無理だわ。上には上がいるし、それにやっぱり東京での生活は慣れないわ。狐火だけだよBBPを同業者としてライバルとして観てるのは。」

周りが見えていなかった。

自分の成功は皆の成功だと思っていたし、皆が自分と同じ気持ちだと思い込み過ぎていて、周りの些細な変化を重く捉える事が出来なくなっていた。

いつの間にか、離れていく心の変化に鈍感になっていた。
一番身近にいた人達のことよりも目先やペン先を優先したところで描ける詞なんてたかが知れているのに。

 


BOM君は翌月会社を辞め福島へ帰った。


DSさんも会社は辞めたが、取りあえず年内は東京に残るとの事だった。



つづく