何もない所から33

気付くと仙台に来て1年が経過していた。

同期の社員はほとんどが会社を辞めていて、フロアには多くの新社会人がいた。

僕は雇用保険の加入手続きと喪失手続きに追われていた。

 

ただ気持ちはどこか上の空で、どうすれば東京で音楽活動が出来るかを常に考えていた。

 

そんなある日、いつもの様に退社希望の社員へのカウンセリング業務を行っていたら、ノースカントが来た。

最近はノースカントと会う事も無かったので久しぶりに顔を見たけれど、だいぶやつれていた。

 

ノースカント

「やっぱりもう無理だ。頼むから辞めさせてくれ。」

 

久しぶりにノースカントの声を聞いた。

僕は引き止める事をしなかった。

上司からは怒られたが、大学からずっと一緒だった友人の退職手続きを済ませたら自分もこの会社には思い残す事が無くなる様な、どこか気持ちに踏ん切りがつく様な気がしていた。

 

ノースカントが去った社宅を訪れると、1Kの部屋の真ん中にカップ麵と『最後まで世話になった!これ良かったら食べて!大学のベンチで良く一緒に食べてたやつ!』というメモがあった。

清掃する必要のないくらいに掃除してある部屋を見て、最後に僕の負担を減らしてくれたのか、もともとキレイ好きだったのかノースカントの新しい一面を見れた気がした。

 

ノースカントが置いていったカップ麵の賞味期限がぎりぎり切れているのを見て、本当はもっと前に辞めるつもりだったのか、ただ食べるのを忘れただけなのか空になった部屋で1人考えた。


いや、きっと賞味期限が切れたから辞める決意をしたのかもしれない。

最後の一押しはそういうものの気もした。

 

その後、地元に帰ったノースカントに会う事はなかった。

 

もうあの日の新入社員研修で一緒だった同期は誰もいなくなった。

社宅の自分の部屋に戻り、クローゼットを開け、段ボールに荷物を積めながらノースカントのカップ麵をすすった。

 


つづく