何もない所から26

人事部のドアの前で強い覚悟を持ってノックした。

「絶対に辞める事だけを伝えましょう」

 

ノースカント

「最後のタバコうまかったぜ」

 

人事部のドアが開いた。

 

中に入ると人事部長、人事部マネージャー、総務部長のユゼさん、そして、なぜか普段は居ないはずの営業副部長までいた。

トイレで会ったユゼさんが『これから辞めに来る新卒がいる』という情報を漏らしたのだ。

僕らは一旦ドアを閉めた。

すると、中から「おい!」という営業副部長の凄みのある声が聞こえた。

 

ノースカント

「絶対に開けちゃだめだ!」

「いや、もう顔見られてるんで開けるしかないっす!」

 

こういう時の深呼吸ってやってみると意外と落ち着く。

 

ここで逃げたらまた1日中電話の受話器を握って、マイクなんて握れなくなる。

もう1度ドアを開けた。

 

そこではなぜ辞めたいのかということを震える声で説明した。

 

すると、営業副部長がこう言った。

「お前ら大学からずっと一緒らしいじゃん。辞める理由も一緒で辞める時も一緒に来るって情けないな。」

 

その一言にノースカントが手の平をぎゅっと内側に包み込み、拳を作ったのが見えた。

実はノースカントはキレたら手がつけられない。
高校生の頃は地元で有名な不良で柔道で全国大会まで行った経験もある。
(本人談)

 

その時だった。

 

総務部長のユゼさんが前に出て来て僕に言った。

「君は新卒で辛い営業を研修あわせ半年がんばって今辞めようとしている。ということは誰よりも新卒の気持ちを理解しているはず。一度、人事総務部で働いてみない?」

 

思いもしない提案だった。

 

人事総務部とは主に【採用面接・勤怠管理/給与計算・社会保険/雇用保険関連手続き・社宅及び設備の管理・社員の簡易カウンセリング・新人営業研修】などを行う部署とのことだった。

 

僕は何となく興味が出たというよりは正直営業でなければ何でも良かった。

辞めた後の事を考えていなかったこともあり、取りあえずやってみることにした。

 

安堵の表情を浮かべていると隣にいたノースカントの拳が僕の方に向いていることに気付いた。


その時だった。

 

ユゼさんがノースカントに言った。

「君は今度新しくここに来る営業統括部長の車の運転手やらない?」

 

ノースカント

「やります!」


つづく