何もない所から10

初めて行ったクラブは

煙草の煙がめちゃくちゃ目に染みたこと、スピーカーの重低音がまるでジェットコースターの様だったこと、居場所しかない場所で居場所が見つからないこと、ドリンクチケットで買えるドリンクが何なのかイッキさんと悩みながら時間が過ぎていったこと、ポケットいっぱいにフライヤーを持って帰って来たこと、翌日大学でみんなにそれらを自慢したことを覚えてる。

初めて観たラッパーのライブは地元いわき市のバーチャルハイというグループだった。

ライブが始まった瞬間にステージに現れ、メンバー同士で何か会話を交わし、少し笑って曲が始まった。

全てがかっこよく、ステージ上はまるで雲の上の様だった。

 

「なんであんなに大勢の前で緊張せずにスムーズなトーク出来るんですかね?」

イッキさん

「俺らなんて誰もいないアパートでもスムーズなトーク出来ねぇよな」
「てか、クラブ行き始めてから服についたタバコのニオイが取れないから逆に俺もタバコ吸う事にしたわ!」

それからイッキさんとイベントがある度にクラブに遊びに行き、肩身狭くフロアの隅でゲストライブを見て、ドリチケのお酒を分け合い、帰宅して昼までゲストライブの感想を言い合った。

まだ一度もライブ出来ていない焦りは日に日に自分を追い込んで行ったが、追い込まれている焦りがあるうちはまだやれると思った。

そんな毎日は何も結果を残してはいないが充実していた様に思う。
そして、ライブさえ出れば人生が変わると思っていた。

21才の3月に初めてのライブオファーが来た。

イッキさんのバイト先の同僚の妹の高校卒業イベントからライブオファーがあった。
場所はいわきSONICという良く2人で遊びに行くクラブだった。

僕ら以外の出演者はバンドだったが喜んで引き受けた。

そして、その日からライブに向けての市の公共施設でのスタジオ練習が始まった。
普通にスタジオを借りるより安く学割もあり、有難かった。

イッキさんの軽自動車にターンテーブルやミキサーを詰め込んでスタジオでそれらをセッティングしているとだんだんライブに出るという実感が湧いて来てワクワクよりも緊張が勝る様になっていった。
スタジオの帰りは決まって牛丼を食べ、深夜までラップの反省会をした。

ライブの日が近付く毎にじょじょにイッキさんの口数も減り、緊張が伝わって来た。
不安を掻き消す様にやれるだけの事はやったつもりだった。

そして、ついにライブ当日を迎えた。


朝食に大切に毎朝2本づつ食べていたウィンナーをその日は3本食べた。
そして、オープンの3時間前にリハーサルのため会場入りした。
音が鳴っているクラブしか知らない自分にとって初めて見る静寂の無観客フロアは朝食べたウィンナーを吐き出しそうなくらい緊張に拍車をかけた。

 

隣を見るとイッキさんは既にトイレで吐いた後だった。

 

イッキさん

「良く見とけこれが嵐の前の静けさってやつだ」

 


つづく