もう迷っている時間はない。
現に観音さんが僕の財布に手を掛けているじゃないか。
僕は観音さんからのビンタの報復を恐れていた。
しかし、この泥酔状態、多分、観音さんに今日の記憶は無い。
いや、あったとしても僕のビンタで無くす。
そのくらいの強い意志で行こう。
ここで僕が彼を止めなければきっといつか総理大臣の財布もスリの視野に入れるかもしれない。
ここで、やるしかない。
梅酢くん
「まじでポイントカードが無い!まじで無いよー!せっかくポイント貯めたのに!あーどうしよう!」
僕
「このビンタは梅酢君の分だ。」
観音さん
「え?」
ぺチン。
僕は心が痛んだ。
観音さんは財布を離し、ビンタされた方の頬に手を当て、町のネオンの奥に走って行ってしまった。
最後に少しだけ目が合った時にお互い涙目だった。
その後、彼の姿は見ていない。
僕は終電の時間なので、そのまま帰宅した。
そして、数日が経ち。
この日、観音さんにビンタした事が気になっていたので飲みに誘ってみた。
ビンタした方の頬にわざとらしく手をあてながら観音さんが居酒屋に現れた。
僕は願ったどうかあの日の記憶がありませんように。
乾杯後に恐る恐る切り出した。
僕
「ほっぺた、痛いんですか?」
観音さん
「いや、あの日の記憶が何も無いんですが、ただ狐火さんにビンタされた記憶だけはあるんですよ。」
なんと、ビンタだけ残った。
これは一番最悪なケースである。
それなら全部覚えておいてくれた方が全然良い。
ビンタだけが残り、その理由は残らない。
これじゃ、酔った僕がただ観音さんにビンタした事になってしまう。
それはただの暴力だ。
ビールグラス越しの観音さんは明らかに僕を疑いの目で見ていた。
観音さんの事だから、報復はおそらく直接手を下さずに僕の自宅PCにサイバーテロでも仕掛けて来るだろう。
どうしよう。
観音さん
「でも、狐火さんが僕に理由なくビンタするわけないから、僕がよほど悪い事をしたんでしょうね。」
さすがである。
その通りだ。
僕はすぐに状況を説明した。
観音さんは名探偵コナン君みたいに考え込み、名探偵コナン君みたいにメガネをクイッと上げてこう言った。
観音さん
「でも、同じ量の酒を同じ時間飲んだ狐火さんがそんなにはっきり記憶があるのはおかしい。」