そして、2013年の夏。
ツイッターで僕がBBPに出たがっている事を知ったNonkeyさんから連絡があり、BBPに出演出来る事になった。
しかも、出番が1日目の22歳以下MCバトルの決勝の前という事でライブとしてはその日のトリの位置だった。
ラップを始めた日から11年が経ち、僕は30才になっていた。
あえて、書く必要もないほど、嬉しかった。
まず、ライブDJのワンカップさんとハイタッチした。
そして、イッキさんとDSさんとBOM君にも連絡した。
イッキさんとDSさんとBBP前に久しぶりに福島で会う事になった。
商業施設のフードコートが待ち合わせ場所だった。
挨拶も早々に。
DSさん
「昔さ、ここのフードコートでさ、俺がこのままここで年を取っていったら週末は上下スウェット着て子供と奥さん連れて商業施設をただフラフラ歩く奴になりそうで嫌だって言ったの覚えてる?」
僕
「あぁ、懐かしいですね。」
DSさん
「俺、そういう奴になってしまった。」
イッキさん
「俺も同じく。」
確かに2人ともほぼスウェット姿だった。
DSさん
「お前の活躍はいつもチェックしてるよ。嬉しいし、本当にすごい。
でも、それと同時に申し訳なくて、自分が情けなくて、頭が上がらない。
BBPに出るのもすごい。夢みたいだな。
俺達の分まで頑張れなんて事を言う資格さえ自分には無い。
だって、あれから東京で1人頑張って来たのを知っているから。
もうお前の名前を呼び捨てで呼ぶことすら申し訳ないよ。」
僕
「何言ってるんですか!あの時は僕もまだ若くて、今だったらもっとうまく行くと思います!
自分のレーベルもありますし!また一緒に何かやりませんか?」
DSさん
「いや、もう今更、戻れない。BBPも残念だけど見に行けない。
お前は道の向う側。それに週末に上下スウェット着て家族と商業施設行くのも案外悪くないよ。
だから、ここで応援だけしとくわ。がんばれ、狐火君。」
今まで呼び捨てだったのに僕を君付けで呼ぶようになっていた。
イッキさんの大きくなった子供を見た時にたくさんの季節がいつの間にか通り過ぎた事に気付いた。
壁の薄いイッキさんのアパートは取り壊されていた。
もしかしたら、時間がかかり過ぎてしまったのか。
振り返れば、すべてが昨日の事の様に鮮明に思い出される。
何かを成し遂げるにしても、時間がかかり過ぎると本当に見て欲しかった人に見せる事が出来ない。
気のせいか現実が思い出よりも色あせて見えた。