A氏は別れ際に僕にBeamsの紙袋を渡し、こう言った。
「去年の夏にお前が休暇申請したのに、俺は承認せずに午前休しか与えなかった事あっただろ。
あの日、午後お前が出勤して来た時に目を真っ赤に腫らしていつもとは違う雰囲気だったから、大切な何かがあったんだなと思って、ずっと謝ろうと思ってた。
自分が昔バンドをやりながら働いていた時にライブで休暇をくれない上司を見て、もし自分が会社で偉くなった時はあぁいう風には絶対にならないって思っていたのに、いつの間にか自分もあの上司の様になってしまってた。ごめんな。
でも、あの日出勤してくれたお蔭でだいぶ助かったよ。ありがとう。」
紙袋の中にはニット帽が入っていた。
A氏
「ネクタイにしようか迷ったけれど、こっちの方が似合うと思って。」
ありがとうございます。
最初から僕が会社で心を開いて、音楽をやっている事を誇りの様に自慢出来たら何か変わっていただろうか。
僕はいつからかこの歳で並行して音楽をやっている事を社会は認めないと勝手に思っていた。
だから、隠していた。
最後の最後でしか本当の自分を出す事が出来なかった。
それがどうだ。
部長や課長までもが僕が音楽をやっている事を知り、最終出勤日にサインを貰いに来た。
部長は「実は私も週末はおじさん達で集まってバンド組んでるんだ。」と嬉しそうに話してくれた。
会社も悪くない、そう思った。
皆に見送られ会社を後にした。
何度も後ろを振り返りながら、まだまだこれからだと自分に言い聞かせた。
駅前でワタナベさんが僕の事を待っていた。
僕
「次の仕事はどんなのですか?」
ワタナベさん
「知らね。まぁ、やる事は変わらないっしょ!」
この時にリリースしたアルバム『29才のリアル』は僕の楽曲では初めてカラオケ配信されたり、お笑い芸人オードリーの若林さんがメディアで紹介してくれたり、某カップヌードルのCMでもタイトルが引用されたりした。
震災後、サマソニ、タロー(犬)の死とその裏側で常に会社で働いていた自分がこの先への希望を見出すきっかけになったアルバムだ。