『27才のリアル』、このアルバムはこの先の自分にとってのある意味原点となるアルバムだった。
辛いスランプを抜けて作りあげた新境地だった。
本来ならリリース後に盛大に打ち上げをしたい所だったが、今回は違った。
自分は勝手ながらこのリリースを最後にレーベルを1人でやって行く事に決めていた。
それは、このブログを美談にしたいのなら、3人ともまだ若く未熟だったからそれぞれの分野で1人で頑張ってみて10年経った時に3人ともまだシーンにいたら、また集まったら、もっとすごい事が出来るんじゃないか。
という感じだけれど、確かにそれもあったけど。
前からレーベルのミーティングで良く僕は2人に「1人で何も出来ない奴がたくさん集まっても何も出来ない」という話を良くしていた。
実際はただ僕が軽くなりたかった。
レギュラーイベントを断わってから、外側に向かうライブと逆に自分の内側に向かう楽曲制作の中で僕は自分1人で全てを決めて行きたいと思った。
震災を見て、当たり前だけど『命』が有限で、その終わりは急に訪れる事を痛感した。
もっと早いスピードで。
もっと高いところまで。
その姿を見せたい人がまだたくさんいるので。
でも、その方々の『命』はいつ終わってしまうかわからない。
僕も含めて。
流れる時間は興味や好奇心を失わせるけれど、生きてさえいればそれを取り戻せる事は出来るから。
自分から言い出した事にしても、何かを失えば何かを得られるなんて抽象的過ぎてあまり好きではない。
けれど、少なからず選んだ方向で自分から失ったものに見合う結果を出せなかったのなら自分が間違っていたという事だと思う。
半ば、強引にミルクティー君とナカジマシゲタカ君をレーベルから離し、距離を置いた。
一瞬も後悔した事はない。
後々、知った事だけれど僕が渋谷のクラブやイベントに行かなくなり、ヒップホップの現場でも見なくなり、さらにレーベルからミルクティー君を遠ざけた事について良く思わない方々もいたらしい。
そんな時、ミルクティー君はその方々にこう言ってくれていたらしい。
「狐火君を悪く言うな!あの人は昔、俺が車にひかれた時に救急車も呼ばずにツイッターに興じていた男だ!」