何もない所から武器を作る方法14

その日、僕はクラブをはしごしてだいぶ酔っ払った状態でライブに望んだ。

途中で歌詞が飛んだり、ステージから足を踏み外したり、思い返したくないくらいグダグダでひどかった。

でも、その時はお客さんも盛り上がっていたから良いかなと思った。

 

ライブが終わり控え室に戻るとライブDJのワンカップさんに思い切りビンタされた。

 

「なんだ今日のライブは!歌詞が飛んだ後にトラックを途中で止めて欲しいサインは見えたけど、しっかりトラックの最後までラップするのが狐火の役目で音が無くなって止めるのが私の役目でしょ?二度とあんなサイン出すな!少し頭を冷やしな!」

 

そして、もう一回ビンタされた。

 

一瞬で酔いが覚めた。

二回目のビンタはいらなかったんじゃないかと今も思う。

 

冷静にフロアを見ると皆、めちゃくちゃ酔っ払って盛り上がっていた。

別に僕じゃなくても良いんだと思った。

フロアに出れば「今日もライブやばかった!」と褒められるけれど、今日もライブやばかったのはきっと僕だけじゃないんだ。

明日になれば記憶に無いくらいに僕も皆も酔っ払っていたんだ。

 

昔、大嫌いだった身内ばかりの中で酔っ払ってただ毎回ライブをこなすだけの全然やばくないラッパーに自分がなっていた。

2008年の年明けに5分間ラップ聴いてくれと言っていた自分の足元にも及ばない。

あの頃、恐れていた井の中の蛙よりも恐れるべきは温い湯に浸かり続ける事だった。

 

いつもの常連や知り合いが多いといっても、今日無理矢理都合を合わせて初めて僕のライブを見に来てくれた方もいたかもしれない。

きっともう二度と僕のライブに来てはくれないだろう。

僕はくそだった。

 

ワンカップさんの言っている事は正しい。

 

ライブをただこなす様になってはもう終わりだ。

不器用でも緊張の糸をピンと張った切羽詰まったライブを、僕はもう一度というかこれからずっとやりたいと思った。

 

もちろんその中でもうまくやれるラッパーは大勢いるけれど、僕はそんなに器用ではないから。

このままここに居たら、ただ楽しいだけで年を取っていく気がした。

 

ライブが失敗したら一週間ずっと落ち込んでしまう様な、そんな一夜に全てを賭けたライブをやりたかった。

 

1ヶ月ほど悩んだ結果、東京でせっかく手に入れたレギュラーイベントだったが全て断わる事にした。

そして、自分の事を誰も知らないバンドマンとかが主催するイベントに出て行く事にした。

 

池袋のクラブでラッパーに混じってライブをするMOROHAに出会ったのもこの頃だった。

 

僕はここから大きく変わった。

それが良かったのかどうかはわからないけれど、結果、良かったと思う。

ジャンルの幅も広がり、様々なイベントに出るようになった。

 

喜怒哀楽を1つのライブに同居させる事を僕はライブのテーマにしているのですが、楽曲中で表現しづらい『喜』と特に『楽』を表現する為に、曲間トークは肩の力を抜いた何でもない世間話をしたり毎回試行錯誤した。

 

だって、ライブはたった一夜でもしかしたら見ている方の人生に何かを残す事が出来るかもしれない。

それは、本当にすごい事だと思う。

 

ライブ前は今も緊張と不安でナーバスになるけれど、ライブしている時と終わった瞬間は人生で一番楽しく充実している。

 

あと、あの日以降ワンカップさんにビンタされない様に気をつけている。

 

2011年の年が明ける頃、僕は自分のライブに絶対の自信を持てる様になった。

 

 

そして、3月11日を迎える。