ある日、職場でワタナベさんと何気なく会話をしていた。
ワタナベさん
「狐火くんさー、うどん好きー?」
僕
「まぁ、好きですね。」
ワタナベさん
「そっかそっか」
僕
「???」
翌日、讃岐うどんの本場香川県への2ヶ月間の出張を命じられた。
僕は冗談だろと思いながら皆に見送られ東京駅発香川高松着の深夜バスに乗せられた。
結果としては、この2ヶ月は甘葉くん始め広島、岡山、香川のラッパーの方々とたくさん知り合えたし、広島と福山でライブもさせてもらえてとても良い経験だった。
27才で就職したら上司は年下の可能性が高いから、ワタナベさんクラスの方がたくさんいたら僕の体が持たないと思った。
ただ、現実は採用すらされてないじゃないか。
僕は芋焼酎『黒霧島』を飲みながら、不採用通知を1通ずつ読み返した。
すると、だんだん腹が立ってきた。
どうせ不採用になるなら僕の本当の気持ちをこの面接官達に伝えたかった。
久しぶりに自然とリリック帳に向かい、自然とリリックが描けた。
すぐにレコーディングして、曲をMP3データにして不採用通知の返信に添付して面接官宛てにメールした。
その後、動画サイトにもアップロードした。
この時の僕はどうかしていたのかもしれない。
曲のタイトルは誰も真似できない様なストレート過ぎるクソダサイ曲名にした。
その方が自分の逃げ道が無くなるから。
27才のリアル。
「歳」が「才」なのは、お正月に祖父が「年を取るという事は才能が増えたと思いなさい」と言っていたのでせめてもの希望で「才」とした。
マイハツルアとはまた別の反響があった。
この曲は今までよりもさらに内側に一歩踏み込んだ完全にプライベートな話で自己満足に近かった。
この曲のおかげで今まで悩んでいたスランプの突破口は見つけられた。
曲の評価もマイハツルア同等だった。
しかも、マイハツルアの時に周りが期待した続編という課題も『27才のリアル』は年を重ねる度に更新出来る。
きっとこれからも毎年僕は何かしら悩みを抱えるだろうから。
結局この時、僕は正社員にはなれず派遣社員で働きながら音楽を続ける事となる。
この曲を作れたからあの時に僕を不採用にした面接官の目に狂いは無かった。
ありがとうと言いたい。
ここから4枚目となるアルバムが完成し、リリース日は半年以上先の2011年の4月に設定した。
井の中の蛙よりも恐いものがあった。
27才のリアルを作ってから全ては順調に進んでいるかのように思えた。
この時の僕は都内で2~3本ほどレギュラーで出演するイベントがあり、お客さんはほとんど知り合いが多かった。
ライブはとにかく数をこなしていけば慣れもするし、うまくもなる、そんな風に思っていた。
お客さんが盛り上がっていれば、今日の自分のライブは良かったと、そんな風に思っていた。
大切なものを見失っていた。